学術的な文章とは

今日は日本語アカデミックライティング(’17)を7回分聞きました。45分授業×7なので、5時間以上です。

ラジオ科目なので、朝からスマホを横において聞いていました。第9回から聞き始めて、最終回の第15回まで聞き終わりました。ラジオ科目はスマホで、テレビ科目はタブレットで視聴しています。

この日本語アカデミックライティング(’17)という科目は、アカデミック(=学術的)なライティングの仕方、つまりレポートや学術論文の書き方を初心者向けに分かりやすく解説した科目です。主任講師の滝浦真人先生の日本語リテラシー(’16)を先に履修してから受講するといいと思います。

日本語リテラシー(’16)もですが、滝浦先生はとにかく明瞭明快です。文章や作文という、ともするとクネクネ迷宮に入っていきそうな分野、数学みたいに正しい公式もないし、良い文章を書くのはどうやったらいいのか分からない・・・という日本語(国語)に対する思いと構えが、滝浦先生の日本語リテラシー(’16)を受講して180度変わりました。

今回の日本語アカデミックライティング(’17)でも、「起承転結」という書き方は学術的な文章の書き方としては向かない、と放送授業の中で何度も言っていました。私たちが小学校時代から刷り込まれてきた「起承転結」で書くやり方は、大学に入ると一旦リセットしないといけません。大学のレポートや論文作成で求められるのは客観的な文章です。

学術的な文章とは、所謂名文や、含蓄のある、エスプリの効いた、行間を読ませる、軽妙洒脱、といったものとは無縁の文章だと何度も言っていました。そうではなく、もっとシンプルな、誰が読んでも同じように受け取ることのできるものが大学のレポートや論文では求められる、と言っていました。付け加えると、それは名文や含蓄のある、軽妙洒脱な文章がだめだと言っているのではなく、むしろそういう文章が書ける人を称賛しつつもそれとは別個のものなのだということを言っていました。

あとは教科書(印刷教材)の第9章から第15章までを読みたいと思います。

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